西翔記

私の伝記の欠片

次の目標、夢へ

こんばんは。翔です。SNSをやっていたので、記事を書く時間があまり無く、やっと久しぶりに記事を書けるようになりました。今月も、いえ、今年も残りわずかですね。

 

はやいですね~。ここで思うのは、年を重ねれば重ねるほど、こうして時間がたつのを速く感じてしまうのでしょうか?

それとも、年を重ねたうえでそれまでの経験や忙しさの多さで速く感じるのか?

これは、脳科学者さんにお聞きしたいですね(笑)

 

さて、私はもう夢を叶えました。今でも実感が湧かないのは、恐らくこうでしょう。

 

「まだ、生きれる。生かされてる。だから、また次の目標、次の夢へと、日々の生活とともに自分らしく前へ、未来へ、進んでいる。」が証拠なんでしょうね!

 

証拠と言っても、これは自身の内なる無意識の中で芽生えるもの故、いくらそのように思おう、感じよう、考えなくちゃ、とはできません。なので、これは誰でも、誰によっても証明は難しいです。

 

・・・・・というより、これは夢を叶えた者が、与えられし、次の生きるための鍵ではないでしょうか?

 

では、私の場合はというと・・・、次の目標、夢へのプランは大枠が決まっております。いつ決まったかは、正直不鮮明のままです。なんせ睡眠時間以外思考回路が速く回って、感受性が高まって仕方ないからです。

 

とりあえずこの場でオープンにできるのは、パートナー(恋人のように愛し愛される人)と世界をもっと広く、深く、数多くの土地、地域、国を巡って旅することです」

 

若しくは、

「世界をもっと広く、深く、数多くの土地、地域、国をまわってそこの、その場所での、衣食住、言語、歴史、音楽、文化、祝祭日などに行われる伝統行事、そして、街並みと自然の豊かさなどなどを学び、味わい、目に焼き残し、それを記述し、自分の国へ伝え、残し、そういったものを今後観光や留学でも目的は何でもいいのでそれのために行く人たちに役立てる仕事

 

ができれば、…最高な人生、そう思うと胸は躍動の波でいつまでも希望してしまう。

たとえ、数十か国語を頭に入れなければならなくても、自分の味覚や嗅覚に合わないものでも構わない。
一つ山脈を越えなければカメラに映せない場所でも、多少治安が悪い場所でもかまわない。 
地球に生まれたなら、地球に文句は言わない。言えない、地球に生まれたのですから。

 

これが、私の本当の夢の2パターン。無論、両方なんて言ったら、運命が憤って襲い来るでしょう。それでもいい。

なぜって、それが、運命が与えた、「生きる希望でもあり、生きる道に立つ扉の鍵の源でもある」から。

仮にどちらかを選べと言われれば、仕事の方。なぜって、恋はいつでもできる?し、パートナーが国内から出たくないと言うかもしれない、そう考えているからです。

私の夢は、まずは、準備段階から始まるかな…。いや、今思うと、今までの旅が準備段階であって、これからが、本当の予期せぬ、波瀾万丈に富んだ旅という夢の始まりでしょうね。

そうあってほしい。成功でも失敗でも、構わない。

そう、私が決めた。運命が何を考えていようと。私は地球とともに一人の人間として、与えられた生をまっとうしていく。

それだけ。

ここで、今年はこの翌年の抱負といったところで終わりです。

ま、以上が私の「ここまで」と「ここから」でした。永い月日はもっと早く感じるのでしょうね、2019年は…。

来年も宜しくお願い致します。

では、よいお年を!

 

*今月で並行して書いていたFC2ブログは閉設いたしました。